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なっちゃーん。元気に落ち込んでますかー?ネームは出来た?私は昨日しっかり落ち込んで何も手につかなかったので、さすがに今日は落ち込んでいません。全然落ち込んだり気にしてませんわキャッキャッみたいに取り繕っても仕方がないので、普通に一日泣いて暮らしたことはここに書いておくよ!おかげで今日は普通です。掃除もしたしね。大体、泣いて喚いて落ち込んで人のせいにする、ていう全ての行程は二十代と結婚生活でやり尽くしたし、あれが一生分だと思うので、いくら落ち込むことに関しては免許皆伝の私とはいえ、一日しっかり落ち込めばそれで十分です。いきたいところも、書きたい場所も、私にはないんだわ、と再確認したらやっぱり、それでは私が書いてもいい場所もやっぱりないだろうし、じゃあ私は賞を貰って十五年も何してたんだろうな、と思ったら真面目に就職活動しようとなっていろいろ情報も見ましたが、ワードが使えてもエクセルが使えず、おまけに運転免許もない私です。田舎で運転免許ないとかコトだからね。食事と洗濯でほんの少しは役に立っていることもあるだろうから、近場で良い具合の職業が見つかるまで、このままかと思います。でも無職は精神的にこたえるので、ぼちぼち考えなくてはね。書くことに関して何にあんなに自信があったんだろう、ってくらい自信もあったけれど、さすがに目が覚めれば、まぁ自己肯定感と思い込みの成せる技なんだろうなあ~という気持ちです。普段は書いて頭を整理することも、この自信がないとまったく出来ないらしく、とりあえず人生終わったな、と寝転がってぼんやりしていたら一日過ごしました。まぁでも二日目にはこうして書いているのだから、落ち込みからの立ち上がりって大事だね。普通の人はすごい!すがりつく何ものかがなくても、ちゃんと生きているのだ、と思ったら本当に、友達や家族がとてつもなく偉く強い人に思えました。私書くことを続けられない、って思った段階で人生終わったな、に思考が飛ぶものね。極端すぎるこの思考、どうにかした方が生きやすいと絶対に思うのだけど。

 

あ、ちょっと今から文句を言うよ!あのねえ、かっこ悪いからそう多くは言っていないと思うのだけど、受賞してから本を出せず出版社から相手にされないままずるずると生きてきた色々のこと、は私の記憶にはちゃんと残っていて、卑屈に傷にもなっています。だから、「本はそんな簡単に出ないよ」と言われたことはしっかり傷つきました。賞を貰ったものの原稿そのものを発表する場である雑誌が無くなり、出版社は文芸ラインにお金をかけることを止めてから、それでも一冊分出るだけの原稿を書いて見せて、それが本にできるかもしれない、という話が私にも一応あったんだよ。お金をかけるだけの価値は私のその小説にはなかったので、本は出なかったけれどね。だから、本は簡単に出ない、のは私が一番よくわかっているよ。だって本、出せないままこの年になっちゃったし。だから、そんなに簡単に出ないんだから、簡単に聞くなよ、って言われたみたいで古傷がえぐられました(笑)知ってまーす、て(笑)まぁでも、本が出なかったのは私の実力不足と、どうしても出したいってしがみつかなかったからなので、結局は自分の所為なのも分かっているよ。そう考えると八つ当たりなのだけど、たまには八つ当たりもされてよ。担当さんなんて私の知らないうちに出版社辞めちゃったわ。だから八つ当たりの文句。私の古傷。

 

でも電話中に泣き出されたら気分悪いよね。本当にごめんなさいだわ。だって泣いたらもう終わりだもんな。なんか、なっちゃんを悪者にした感じになってごめんね。お仕事に障ってないといいのだけど。なんかこう、どうしよう、ってなってないといいのだけれど。それか、逆に怒っていたらそれはそれで私もどうしようってなるけれど(笑)もし怒ってたらこのふざけた感じにもっと怒りが爆発しちゃうよね?ごめんね。

私がもし一人暮らしだったら、あと三日は拗ねてぐちぐちやったかもしれないけれど、ご飯食べる気なくても食べないと変だし、眠る気がなくても部屋を暗くしてベッドには横になるし、どんなに面倒でもお風呂は入らないと順番来るし、正しい生活してると勝手に立ち直れるから、本当に正しい生活って大事な~って勉強になった。さすがに人間の三大欲求なだけはあるよ。寝て食べてが完璧な状態だとそうそう落ち込んでいられないよ。根暗でもなんとかなるよ。猫でさえ生活リズムは崩さないよ。だからねなっちゃん、犬を飼えばいいと思うよ。動物の生活リズムって崩れないから、それに引っ張られることもあると思うんだよね。散歩は難題だけどね~。

 

されさて。こんなところだよ。要するに、私落ち込んでないよ~ということだけを書こうとしたら長くなっちゃったね。いや、お前が落ち込んでいるかどうかなど知らんがな、って感じだと思うけれど(笑)気分が悪かったでしょう。ごめんね。私、元気だよ~。なっちゃんも元気だといいなあ。

おしまい。

 

 

 

ごめんね。気にしなくていいから、ちゃんとネームしてね。ごめんね。ありがとう。

いかがお過ごしですかなっちゃ~ん。いつから始めたのか忘れたのだけど、階段の上り下りをつま先だけで行っています。家を出ない私が考えたせめてもの筋トレ法。どんどん・・・どんどん衰えていく・・・。

 

模様替えをして良かったことに、ラジオが聞けるようになりました。前は雑音だらけでほとんど聞き取れなくて、聞こうと何度か試みては諦めていました。昔から、ラジオを聞くのが好きだったんだよ。本を読んでいる時は聞けないから、ずっと聞いているわけではないのだけど、座っているだけで情報が入ってくる、というのはすごいことだな、と思いました。ラジオでね、高知の植物園について話をしていて、行ってみたい、と思ったのだけど、香川から高地に行くのは遠いのだよ。これがまさに田舎ということなのだな、と思うのだけど、線路が悪路で速く走れないし、ものすごく酔うし最悪です。私が一人で電車を使って行こうと思えば、二時間半はかかるみたいで、大阪に出た方が早いわ、と奇妙な気持ちになりました。海を越えた方が早いなんて・・・山を越えていく方が大変なんだね。香川には植物園がないのだよ。なんでだ、と考えたのだけど、植物が溢れているから、あえて作ろうとしなかったのか??と思いました。植物見たけりゃ山に行って来い、ということなのだろうか・・・。好きなんだけどね、植物園・・・。

 

なっちゃんは締切明けの毎日を、いかがお過ごしですかな。ちゃんとご飯は食べましたか?私は本など読み終えまして、また平家物語の訳文を始めたりしました。いや~ほとんど覚えてないね、前の内容。平家物語ってね、途中で全く関係ない、中国の話とか、昔の話とかが混ざるのね。まるっきり笑わないお姫様を笑わせる為に絹を裂きまくったとか(絹が裂ける音を聞くと笑ったから)、三年虜囚の身で耐えて生きているんだ、という自分の境遇を書いた手紙を投げたら雁が受け取って届けたとか、んなことあるかい、っていう中国の昔の話がぶちぶち入って、しかも、戦の途中とかでそんな話しが入るもので、この人達何やってたんだっけ、とページを遡らなければわからなくなるのね。これ、昔は琵琶法師の語りだけでみんな内容を知ったはずなんだけど、よくもまあ話について行けたな、と感心します。あれ、私何の話してたっけ。まぁそんな毎日です。飽きると本を読んだり小説を書いたりしてます。あと、読みたい本がたくさんあるので、遠くの図書館(香川県民だと使える図書館)にリクエストを入れているのだけど、既に誰かが借りているようでいくら待っても近くの図書館に届いたよ~という連絡が来ません。その間に、他の読みたい本ができてしまい、新しくリクエスト入れてしまおうかな、と悩んでしまうよ。後、相変わらず歌が良い具合に詠めなくて四苦八苦しております、よ。困るわ~。別に発表する場はないから差し迫っては困らないんだけど、すっきりしないから困るわ~。すぱん、と出来上がりたい。前になっちゃんに詠んだ歌は割合スパーンとできてストレスがなかったのだよ。あぁいう具合に作りたい。すぱーん。

 

あ、違うんだ。何を思ってこれを書こうと思ったのかというとだね、なっちゃん。宇宙には、匂いがあるんだって。空気がないんだから匂いなんかないだろう、って感じなのだけど、わずかに粒子があるから、そこに化学物質がくっついて匂いがするそうだよ。それもね、ラズベリーとかパイナップルとかに似た、甘酸っぱいにおいと鉄を焦がした匂いがするそうです。テレビでそんなことを知りました。匂いかあ。火星に人が住み始めるのは九年後何だって。それでね、人が住み始めるんだけど、地球に帰ってくる方法はないんだって。意味が分からないよね。でも、火星に住みたい人たちがいるんだって。地球、そんなに悪い星じゃないと思うんだけど、地球に帰ってこられなくてもいいから火星で住みたい人達って、なかなか固い決心だなあ、とテレビを見ながら思いました。食料とか、水とか、地球側に問題があって送れなくなったら一大事じゃないか。世の中には色々な人がいるね、なっちゃん

 

そんなこんなな毎日を過ごしているよ。

 

メルアド教えてくれてありがとう~。長い話なので、のんびり元気なときに読んでください。あまりパソコンの画面を見過ぎるのも良くないよ。お仕事明けなのだから目を休めるのだよ。目を。二つしかないんだからな。

 

片付けは、おおむね終わりました。私の真横に本棚がある。地震が起きて倒れてきたら死ぬ位置。なので少しだけ後ろにずれてみました。こんなことで違いがあるとも思えないが・・・。ところで、法事の疲れも抜けきらないうちに模様替えなどしたので、とても疲れました。法事の疲れっていうかね、法事くらいなら別に疲れないのだけどね・・・うちの姪と甥、朝起きるのがやたら早いのだよ。何と朝の五時。恐ろしいやろ。それで6時半とかに朝ごはん食べて、色々と仕事をして普段会わないたくさんの人に会うと疲れるよね・・・。あんな早くに起きなくてもいいならきっともう少し違う・・・でもこれをおあねえさまは毎日しているのかと思うと不憫・・・寝ろよ・・・せめて夜が明けるまでは寝ろよ・・・。学校に行くようになったらもう少し遅くなるかなあ。朝寝坊の幸せが分からないなんて不憫な子たちや・・・。

 

あ、しまった。今日わが家本当の一周忌なのに、今日の晩御飯肉食だ。いいのかな。まぁいいか。精進料理とまでは言わないけれど肉っていいのか・・・。まぁいいか・・・。妹の三十三回忌も一緒にしたのだよ~。もう三十路なのだな我が妹も・・・とちょっとほくそ笑みました。なんでやねん年は取らない。こういうのを和歌ではね、常若(とこわか)の君っていうんだよ。若くして亡くなった人はそういうふうに詠むのだけど、若いっていうより幼い場合はどうするのかよくわかんない。前にね、なんにも詠む題材がなくて、苦し紛れに妹のことを詠もうとしたら、なんでこんなことを、興に乗せて歌に詠むのだ、と理不尽に思えて、その場でぼたぼた泣いて場を湿らせたことがあるよ。ろくなことをしていないな・・・。は~それにしても疲れたのだよ~。しまちゃんが落下させて壊したフィギュアも接着剤でくっつけたし、まぁまぁ良い具合に片付けは終わりました。まだちょっと物も出ているが・・・。お疲れ様私~お疲れ様なっちゃん~良く眠ってよく食べてよく休むのだよ~。じゃあね~。

 

一大事やで、なっちゃんなっちゃんに小説を送ろうとしたら、なっちゃんのメルアドを知らない、ということに気づきました。最近スカイプさんにお世話になっていたから、メルアドを、知らなかったんや!ガーン!!

 

そんなわけで送れません。

 

原稿明けでお疲れのところをお電話くれてありがとう。楽しかった。不思議なもので、電話をした日とか、翌日の方が、これも喋りたかった、あれを喋っておきたかった、とか思い出して、こうして何か書きたくなったりします。でもパソコンに向き合うと同時に忘れるんだよ。何だったかな=。部屋の模様替えは外に出した物さえ片付ければが完了で、いま机の上は物で溢れています。その中からパソコンを発掘して、なっちゃんに小説を送ろうと思ったのに、送れませんでした。あちゃー、である。

あとねえ、私は力がなくてね、部屋の模様替えの時、ほぼほぼ役に立たないのだけど、今日は、中身を全部出してから一人でいろいろ動かしたので、得意げに、一人で動かした★とお母さんに報告した時、嘘やろやめてよ大雨降る、と言われたのだけど、本当に夕方から大雨です。なんということだ。広島なんて大雨で避難勧告出ちゃったよ。なんということなんだ。私が一人で本棚と箪笥を動かしたばっかりに。以後気を付けます。

そんなわけ、あるかい。なっちゃん。これが一人ノリ突っ込みやで。

 

と、いうわけで、急募、メルアド。でも、どうやって知ればいいのやら??もしよかったら、私のメルアドに送ってきてください。tetepopoに11で@gmail.comです。よろしくね。そんなわけで、明日も片付けは続くのであった。

 

あ、そうそう。思い出した。なっちゃんとの電話が終わった後、片付けながら色々な物を出して考えながら、私はたった一度の自分の中の許せないことがあったくらいで、友情を感じなくなるのか、と思うとやはり情がないように思えて、あんなにお世話になったではないか、と思い出をかんがみるに、やはり理不尽で自分勝手だな、と反省などしました。好きだった気持ちもちゃんとあるし、ただ、もう、前のように無条件に愛情を注げないだろうけれど、確かに好きではあるのだよ、と寂しく思い直したりもしました。理想像を勝手に思い描いていたのかな。恋に似ているねえ。けれども、もう二度と、こう思う以前の、あのやわらかな愛情をあの人に感じることはないのだろう、と思うと、それは寂しく、勝手ながら、とても寂しく思いました。なっちゃんは時々、私に嫌われることをとても恐れたような話し方をするけれど、そう案じることもないのに、と毎回思ったりします。私こそ、嫌われることを恐れたりするのだよ。

 

そんなこんなで、メルアド、急募。

そろそろ・・・そろそろ私の花粉症の時期が来るよ・・・窓を開けているととてもさわやかな風がとおり抜けるのに、それと同時に襲来する麦の花粉・・・。三秒に一度のくしゃみ・・・猛烈な目のかゆみ・・・coming soon・・・。

 

ところでなっちゃん、我が家は明日法事です。一周忌なので、また来年三周忌法要があるかと思うとなんなんそれ、となりますが、田舎なのでその辺はきっちりしているようで、親戚がきてうどん振る舞ったりお茶出したりとにかくいろいろと面倒です。何なんだろうこのしきたり。よくわからない。お供え物のお下がり、みたいなことで、果物やら乾物やら袋に分けてお一人お一人に渡すわけですが、実際のところはお供えしているわけではなく、ただ買ってきて袋に分けて一人一人に渡すだけです。なんでやねん。皆が法事を葬儀場とかでしちゃうのが良く分かる。家でなんかしたら大変で仕方がない。実家帰ってきてて心底よかったわ、これおかん一人でやるのかと思ったらもう、という気持ちで今朝は掃除機をかけていました。今日はお姉ちゃん一家が襲来するので、ご飯もちょっと気張って作らなあかんのや。たーいへーん。

そんな我が家です。

 

ところで、なっちゃん芭蕉さんについてどう思いますか。どうもこうもあるかい、って感じだと思うのだけど、私としては周りから、とにかくすごいリスペクト万歳三唱、くらい芭蕉はすごい、と言われ続けてきたのだけど、その凄さ、俳句がからっきしなもので、何のことやらわからないぜよ、ってなもんでした。ただ、「ついに無能無才にしてこの一筋につながる」っていう芭蕉さんの一文を見た時に、俳句は分からないけれど、100年以上経っても万歳三唱されている人の俳句が、無能無才にしてこの一筋に繋がる、っていうなかなか絶望的な心境を貫いた末に実ったことかと思うと、すごさは分からないけれど親近感?のようなものはあって、その点で、すごいのかもしらん、とは思っていました。要するに、私は俳句は分からんのや。そういう浅くなんとなく知っている、という具合だったのだけど、先日ね、「蛸つぼや はかなき夢を 夏の月」っていう俳句を見てしまったのだよ。この句を見ると今も割合泣けてくるのだけど、蛸ってねなっちゃん、暗くて狭いところが好きらしいのだけど、だから壷を沈めておくと、いい寝床があるやんけ、ってご機嫌で入っちゃって、翌朝引き上げられて捕まるらしいのだけどね。この俳句、その蛸を詠んでいる句らしく、蛸がね、いい家が見つかったなあ、って壷に入って、この一夜限りの命とも知らず、夏の月がキラキラしているのを夜にみている、っていう句なんだ、と分かった時の、私の驚天動地の具合と言ったらただ事ではありませんでした。もう駄目だ、人間なんて罪深すぎるから尼になろう、と本気で少し考えたくらいには蛸がかわいそうで、でもたこ焼きは美味しくいただけます。美しくて心地よい一夜の夢は、人の手によって終わるのだよ。心地よさに機嫌よく美しい月を蛸が見ているのかと思えばもう、心がすり減る様で悲しくてなりませんでした。いや、蛸が美しい月を美しいって思うのかどうかはまた別の話なのだけど。そりゃあキリストだってお前たちの罪を私が背負おうって言って磔になるわ、人間なんて生きてるだけで罪深いわ、と明後日の方向まで思考は飛びました。蛸が哀れでならないよ。でもおいしいの知ってる。そんなわけで、この句を知ってから、芭蕉さん、万歳三唱、の人の気持ちが深く理解できました。この短さにこれだけの物を込められるなんてどういうことなんだ。この句を知ってから、ずっと気分は哀しい感じをたゆたっています。蛸…蛸…メスを殺してしまうと隣にいたオスは身が竦んで動けなくなるから両方捕まえられるけれど、オスを先に殺してしまうとメスはものすごい速さで逃げてしまうからオスしか捕まえられない蛸・・・。なんて哀しい生き物・・・タコ・・・。

 

でもそんなかなしい気持ちのままで夕食を作りながら、卵焼きに使う卵を割ったら中から黄身が二つ出てきて、わぁこれは珍しいお母さんに見せてあげよう、とお母さんを呼びました。卵一つで命二つ。蛸をかわいそう、と思う気持ちのままで植物を切り刻みながら、卵一つで命二つ、これを吉事と喜べる、私は本当にどうしようもなく人間だな、と思ってその小さい黄身ふたつ、いつまでも眺めていました。

すごくない?この一日の流れ。これふつうに、純文で小説一話書けるからね?蛸から始まって卵の中に黄身二つ、で終われる小説にできるからね?なんなの?私の人生はやっぱりフィクションなのかな?

そんな毎日です。芭蕉さんはすごい連盟に加入。なっちゃん、修羅場はどうですか。

あ、全然関係ないけど、今日なっちゃんに呆れられる夢を見たよ。お前はまたそんな小さなことでくよくよくよくよよくできるな、みたいな・・・。昨日ニュースを見て内容に絶望し過ぎて仏壇の前で泣いたからかな?今は元気です。